1. 僕と1ルピーの神様
第81回アカデミー賞(2009年)で最多8部門を受賞した映画「スラムドッグ$ミリオネア」の原作です。
著者のスワラップ氏はインドの現役外交官であり、リアルなインドの描写がスリリングな物語を引き立てています。
2. あらすじ
大人気クイズ番組 「十億は誰の手に?」。
見事、全問正解を果たし十億ルピーを手に入れたのは、スラム出身の少年ラム・ムハンマド・トーマス。しかし、彼は不正を働いて不当に賞金を得たという疑惑をかけられ逮捕されてしまう。
警察による拷問の途中、彼を救ったのは弁護士であるスミタ。
「どうやって全問正解したの? なぜ答えを知っていたの?」
彼女の問いに、ラムはその壮絶な人生を語り始める。
3. 感想
非常に胸を打たれた作品でした。絶え間なく迫る興奮と悲哀の波に、ページをめくる手が止まりません。
本書は連作短編のような構成をとっており、全十三問の問題に対してラムがその答えを知っていた理由となるエピソードがそれぞれ語られていきます。
スラムでの惨めな生活や、子供にあえて障害を負わせて乞食をさせる施設の話といった現代インドの闇の部分。執拗に他人を監視する駐在武官や、自分は英雄だと嘘をつく元兵士、そして、一線を退いてもなお美への執着を抱き続ける女優の話といった、人間の弱さや虚飾を扱った話。
そんな波乱に否応なしに巻き込まれながらも、主人公のラムは勇気と知恵、誠実さで事態をなんとか乗り越えていきます。何度も危機的な状況に陥りながらも、そのたびに切り抜けていく様は痛快でもあり、また、そういった状況に追いやられなければならないスラムの子供の境遇に息が詰まります。
また、全体としても一つの大きな物語になっていながら、個々のエピソードが「なぜラムは問題に答えられたのか?」という謎に対する答えになっているため、意外な知識がクイズの答えに繋がっていることでカタルシスを得ることができ、読者を飽きさせません。
エピソード間の繋がりや伏線の張り方も見事で、あっと驚く「情けは人のためならず」が満載されています。
そして、それがこの作品の最も大きなテーマになっておることは、物語の最後にラムが発する言葉で知ることができるでしょう。
さて、最後に星を1つ減じた理由ですが、2つあります。
1つは、偶然に頼りすぎる場面が存在すること。前のエピソードが次のエピソードの見事な伏線になっていることが多い本作ですが、いくつかの場面で完全な奇跡的偶然が見られます。
様々な要素、過去の経緯が重なり合って奇跡のような必然が起こる。それが本作の魅力であるため、偶然過ぎる出来事は興奮を削いでしまいます。
2つ目は、他のエピソードと関わりのない独立したエピソード(第六章・第八章)があること。単独の物語としては面白いのですが、伏線が絡み合う連作短編という面白さには貢献していません。
それでもなお、圧倒的な構成力で魅せる、傑作と呼ぶにふさわしい作品です。どんな人にでも手に取っていただきたいと思います。
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